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cloverbooks' journal

古橋悌二さんと西村公朝さん

以下の原稿は、2007年に、辻本力さんから依頼をいただき、水戸芸術館ACM劇場が発行する雑誌『WALK』に寄稿したものです。特集タイトルは「娯楽2」で、辻本さんからの注文は「編集者の視点から、娯楽というテーマで書いてください」ということだったんですが、いま読み返してみたら、「娯楽」とはぜんぜん関係ない内容でビックリ(笑)。そのときに自分が書きたいことを書いただけやん!という。でも、いま読み返しても気持ちはぜんぜん変わっていません(しかし、ここでもヨン様のことを書いているのが時代を感じさせます…)。

 

【初出:『WALK』no.54  2007年3月31日発行】

 

仕事と遊びと芸術と

 

私が以前から関心をもっているテーマのひとつに「遊び」があります。ここで言う「遊び」とは何かというと、「神遊び」です。神様をお招きして、もてなすこと。あるいは、自分が神様となって、もてなされること。これが「遊び」の原型です。

伝統芸能の中には、こうした感覚が、わりとはっきりと残っているようです。私自身が強く意識したのは、神楽歌を習いに行ったときでした。課題曲は「韓神」で、これは「韓つ国」からやってきた神様を遊ばせる歌です。最近の風俗でいうと、日本のファンがヨン様を空港で大歓迎→ファンミーティング(歌や踊りを通じて神様とファンが交歓)→空港でのお見送り、といった一連の流れに、その神事が見事に受け継がれているのを感じます。

神遊びは、歌舞音曲、それに神婚が組み合わさっていることが多く、歌垣のように、集団でおこなう場合もあります。つまり、「遊ぶ」というのは、霊力を高める「霊(たま)ふり」の儀式であり、日常から切り離されて、つかのま、人が神となり、神聖な力に触れて、この世に豊饒をもたらすための行為。なお、『古事記』では、「あそび」を「遊」だけでなく「楽」とも表記しています。

「神遊び」というと、なんだか大げさかもしれませんが、神仏、神業、神聖なもの、なんらかの超越的な力を感じさせる芸術家に接したり、芸術家の本をつくったり、インタビューしたりする自分の仕事について考えたときに、シャーマン、巫女、遊女(あそびめ、または、あそび)っぽいなあと感じるのです。

この仕事をはじめて、かれこれ20年ほどになりますが、今までインタビューした中で、いちばん感動した人、影響を受けた芸術家は誰かというと、京都を拠点にするパフォーマンス集団「ダムタイプ」の中心メンバーだった故・古橋悌二さんと、仏像彫刻家で天台宗の僧侶であった故・西村公朝先生です。公朝先生は、NHK教育テレビの番組のテキストとして仏像の本2冊の原稿執筆を担当させていただき、さらに公朝先生の作品集として『別冊太陽 西村公朝と仏の世界』の編集をさせていただきました。

 

 

「アーティストは愛を語る人ではなく、愛そのものでなくてはならない。そしてそのために払わなければならない代償もはかりしれない」

これは、古橋さんが親しいお友だちに向けて書かれた手紙の一文です。『メモランダム 古橋悌二』にも収録されています。古橋さんの作品を見て、ご本人に会ったことのある人はきっとみんな、古橋さんが本当に「愛そのもの」だったことを、実感していたと思います。そして、西村公朝先生も、あまりにも偉大すぎてピンときにくい「仏の慈悲」というものを、ユーモアと思いやりあふれる言動で、身をもって体現されていた方でした。

メモランダム 古橋悌二

メモランダム 古橋悌二

 

 

古橋悌二さんと西村公朝先生。かたやコンテンポラリー・アート、かたや「大仏師法印」の称号をもつ仏像彫刻家と、違うフィールド、遠い存在に見えるかもしれませんが、私にとっておふたりは、同じことを教えてくれた、かけがえのない芸術家でした。

  *

1994年、古橋さんが亡くなる前年に、遺作となったインスタレーション作品『LOVERS 永遠の恋人たち』を展示した同名の個展会場の近くの代官山のカフェで、はじめてインタビューさせていただきました。

「この人は100%全身アーティストや! こんなすごい人がおるんや!」

と打ちのめされました。おっとりと京都弁を話すチャーミングな男性から、まさに「愛」としか表現できない、とてつもないエネルギーが放出されていました。たった1時間半くらいの時間でしたが、全身の細胞が入れ替わったような衝撃でした。

そして、スパイラルで上演されたダムタイプの『S/N』は

「こんなすごいものが見られて、生きててよかったぁ!」

と心底思う作品でした。後にも先にも、こんなに感動したコンテンポラリーの作品は、ほかにありません。

大感動した私が、「古橋さんの本をつくらせてくださいっ!」と勢い込んでお願いしたところ、「ええよ~」と、あの口調で言ってくださいました。そのときは、「古橋さんの遺伝子を、言葉という形で残しておかねば!」という、何か本能的な思いに駆られていたように思います。けれども、それはかないませんでした。

振り返ってみると、残り時間が少ないことはわかっていたのに、私がグズグズしているうちに、古橋さんがお亡くなりになり、そのときの無念さ、編集者としての自分の気弱さにたいする怒りが、その後の私の原動力になっているような気がします。

その後、公朝先生にお会いすることができて、仏像のつくり方、仏像の見方、そして公朝先生の作品集と、3冊の本をつくらせていただくなかで、大阪のご自宅のアトリエに毎日のように通って、制作されているところを見せていただき、たくさんの貴重なお話をうかがい、いろんなお寺にもご一緒させていただきました。そして、公朝先生がおっしゃるように、「祈りの造形」である仏像をとおして、芸術というものの原点に触れることができたような気がします。

  *

2005年、「アート&テクノロジーの過去と未来」展@ICCで、ひさびさに、古橋さんの『LOVERS 永遠の恋人たち』を拝見することができました。はじめて見たときから10年以上が経ち、あらためて感じることがありました。

暗い部屋の中で、観客の動きにシンクロしながら映像が壁に投影されるのですが、投影された古橋さんの裸のからだの上に、「fear」「limit」という言葉が重なります。やがて古橋さんのからだは、「fear」「limit」から解き放たれるように暗闇のなかに落下していきます。

私たちは自分の「fear」と「limit」で自分を縛っています。それらから解放されて落下する古橋さんの姿に、法隆寺にある玉虫厨子の「捨身飼虎図」の、崖からダイブするお釈迦様の姿が重なりました。「捨身飼虎図」で崖から飛び降りたお釈迦様は、自分のからだを虎に食べさせています。それはエネルギーの循環の図です。私は飛鳥・奈良時代仏教美術にはダウジングの棒のように全身全霊が反応してしまうのですが、この「捨身飼虎図」も大好きで、そして『LOVERS』には同じ波動を感じるのでした。

「新しい人間関係の海へ、勇気をもってダイブする」

94年に、「この作品を一言で表現するとしたら?」と質問したとき、古橋さんはこう答えてくれました。『LOVERS』で、古橋さんのからだが落下して消えたとき、そこにあるのは、羊水のように温かい暗闇です。古橋さんの精神、思想の遺伝子は、作品をとおして、たくさんの人に受け継がれていくのだと思いました。

もうひとつ、古橋さんの言葉で、すごく印象に残っている言葉があります。表現はちょっとちがっていたかもしれませんが、私はつぎのように記憶しています。

「アーティストは道端に落ちているゴミのような存在。でも、道端のゴミが、実はダイヤモンドだっていうことを見せられるのがアート」

芸術というのは、神遊びとつながっているものだと私は思いますし、そういう作品をつくっている人を応援するのが自分の仕事だと思っています。